Jan 24, 2009
我が家で発生した漏水について
先週の日曜日に私の家には、またしてもリークが発生しました。電話をすぐにも修理に来て受けました。そのうちのリークは、思った以上に酷かったです。非常に修理をする時間もかかりました。しかし、この場合もお店は本当に親切にしかも丁寧にリークをしていただきました。我々は、本当にありがたいと思っていました。インターネットにはさまざまな情報やレビュー記事などが揃っていて、首相のサーバー情報も当然充実していますので、やはりインターネットのウォーターサーバーを比較してから自分に合ったものを選択ですよね。そして、最もおいしい水のサーバーを選択]で、家の中に導入したいですね。いいことだと思います。
宮城県南部の住民らでつくる市民団体「子どもを放射能から守るみやぎネットワーク」は22日、白石市田町のつくし公園で表土の除染作業を行った。関係者によると、本格的な除染作業は白石市内では初めて。
同団体が今月8日につくし公園で放射線量を測ったところ、滑り台下の表土で毎時1.03マイクロシーベルトを計測した。除染作業は福島市の「子どもを放射能から守る福島ネットワーク」除染担当世話人の大井友継さん=丸森町=の指導で行った。
みやぎネットの呼び掛けで約10人が集まり、重機やスコップなどで表土や芝生を3〜5センチ程度削り取った上で、公園内に掘った深さ約1メートルの穴に土をブルーシートで包み込んで埋めた。削られた部分は、穴を掘って出た土でかさ上げした。
公園中央部の地表の放射線量は、除染前の毎時0.88マイクロシーベルトから0.16マイクロシーベルトまで下がった。この日は公園の半分で作業を行い、今月中に残りを除染する。
みやぎネット代表を務める丸森町の自営業太田茂樹さんは「本当は国や東京電力が責任を持って除染をやるべきだが、待っていては子どもたちが被ばくしてしまう」と話している。
東日本大震災を受けて8月に延期された仙台市議選(19日告示、28日投票)で、立候補を予定する現職の間に選挙カーの使用自粛を検討する動きが広がっている。被災者に配慮したいとの思いがある一方、機動力が落ちるというリスクも負うことになる。周囲の動向を見極める静かな神経戦が始まっている。
保守系の改革フォーラム、公明党市議団の両会派が主導する「選挙運動用自動車の使用を自粛する会」の会合が21日、議事堂であった。両会派のほか、民主党系の民主クラブ仙台や無所属会派の議員も名を連ね、立候補予定の現職47人のうち、賛同者は約20人を数えた。
公選法との兼ね合いを精査した上で、「NO!選挙カー 復興支援に」と記された統一ステッカーをポスターなどに活用する方針を確認した。
市議選で自粛を試みるのは(1)選挙カーと据え付けスピーカーの使用(2)リース代や運転手代、燃料代など選挙カーに適用される公費負担の受給―で、公費負担の縮減額は「復興財源に振り向けるべきだ」と主張する。2007年の前回市議選では、関連の公費負担は2294万円だった。
現職の間に自粛ムードが強まる背景として、「4月の統一地方選で行われた被災地以外の議員選は、自粛型で上位当選する例が多かった」(中堅議員)という現象があるからだ。一方、新人の一人は「現職に比べて知名度が低く、選挙カーを使わないと有権者に伝わらない」と説明。ベテラン議員も「今こそ、復興復旧の政策を訴えることが大切」として、あくまで個人の自主判断に委ねるべきだと訴える。
奥山恵美子市長は19日の定例記者会見で、「自粛の考え方は理解するが、選挙カーは法で許された選挙の手段であり、選挙カーを使う候補も音量や走るコース、時間について良識ある判断をするのではないか」と述べた。
東日本大震災を受け、京出身で世界的に活躍する指揮者の阪哲朗さんが、音楽監督を務めるドイツの歌劇場で、現地の音楽家たちとチャリティーコンサートや募金活動を展開した。
阪さんは国内外のコンサートで客演指揮者を務める一方、2009年にドイツ・バイエルン州のレーゲンスブルク歌劇場の音楽監督に就任した。未曽有の大災害に、「音楽家や芸術家の個々の力は微力だが、日本のためにみんなで今できることを」と仲間の後押しもあり、歌劇場や日独協会と共催でチャリティーイベントを計画。日本の復興のシンボルとして「さくら」を名前に冠した一日コンサートを開いた。
当日のステージには、現地のオーケストラや室内楽団がボランティアで登場、バレエや声楽も披露された。また、日本人奏者やスタッフも募金活動に取り組み、義援金1万8000ユーロ(約200万円)以上が集まった。
8月に長岡京市などでコンサートを控える阪さんは近く帰国し、被災地で「子どもの笑顔元気プロジェクト」に取り組む宮城県の「NPOみやぎ・せんだい子どもの丘」に寄付する。
ドイツの人たちは原発問題への関心も高く、阪さんによると「報道などの情報にずれもあるが、東日本大震災が身近な世界の中で起こった出来事としてとらえられている。規律を保つ日本人の国民性にも感心したようだ」といい、音楽仲間から被災者への家の一時提供の申し出もあるという。
東北地方はこれまでもオーケストラの指揮やプライベートで何度も訪れており、阪さんは「最初は放心状態で何ができるだろうと思った。被災地はこれからが大変。息の長い支援ができれば」と話している。ネットショップ
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