Nov 13, 2010
コールセンターの運営は難しい。
当社は、場所のコールセンターでは、私はそこに一度も話したことがないのですが、コールセンターのようなことは、非常に難しいと最近知りました。広く浅い仕事なので、綿密な業務自体がないので、お答えすることはできないとエスカレーションをするのですかが何かもすることはできないため、困難な仕事ができることを感じている今日この頃です。電話代行のアルバイトをしたことがあるが、嘘が苦手な私にはかなりハードだった。会社の情報が書いてある紙ベースしか知らないの会社について、秘書など、まるでそこに働いているかのようにおもてなししてからだ。瞬間的に臨機応変に対応しなければならないにも電話代行難しい部分だった。動揺しやすい私は、少し急いでもしどろもどろにも困難なものだった。
東日本大震災で東北沿岸地域を中心に父親、母親、あるいは両親を亡くした子供たちが多数に上っている。子供たちが厳しい現実に直面する中、ベテランジャーナリストが動いた。朝日新聞の前石巻支局長、高成田享氏(たかなりた・とおる)(現・仙台大学教授、東日本大震災復興構想会議メンバー)だ。
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高成田氏は同紙論説委員、テレビ朝日の『ニュースステーション』のキャスターを務めた経歴を持つ著名ジャーナリストであり、今回の震災でも被災地を丹念に取材中だ。また「東日本大震災こども未来基金」を立ち上げ、親を亡くした子供たちへの直接支援に乗り出した。5月15日、高成田氏に話を聞いた。
●「助けて!」が始まり
――基金設立のきっかけは?
震災発生後、宮城県女川町(おながわちょう)の中学校の先生から「助けて!」との声を聞いたことが始まりだった。旧知の教師から「教科書はあるが、学用品がない(流された)。呼びかけてほしい」と訴えられた。たまたまラジオ番組に出演する機会があり、スタッフに物資の提供をお願いしたが、特定のところには無理だと言われた。ただ、その後スタッフたちが個人的に随分と学用品を送ってくれた。私自身も送らなければと考え、実行に移した。
その後、女川町からお礼の電話をいただいた際、震災で親を亡くした子供が多数に上ることを知らされた。今後、子供たちはどうするのかと尋ねると、先方は絶句してしまった。これはなんとかしなければと思い、動き出した。
女川町で両親を亡くした小中学生が6人、片親を亡くした子供の数が46人に上った。私の印象では、片親を失ったケースを含め、被災地全域でこうした子供たちの数が500人前後になるのではないかと推察している。
●なぜ基金なのか
――なぜ基金なのか?
子供たちを支援する基金はいくつかあるが、大きな慈善団体の場合は、事務経費の比率が高くなる傾向がある。子供に回るお金が多くなる仕組みを作ろうと思い立った。
基本的には、個人からの寄付は全額子供たちに、そして企業からいただいた寄付の一部は、了解を得たうえで事務経費に回す仕組みを考えた。この範囲であれば、手弁当でできる。インターネット関連の維持費、パンフレット代などの経費については企業からの寄付を充当するというスキームを作った。
現在、基金への反応が良い。大震災の悲惨な状況を知り、なんとかしなければという人が増えてきていることの証左だと思うし、嬉しいことだ。
各種の団体でも同じような取り組みを始めるところが出始めている。同時多発的に支援の輪が広がっていけば良いと思っている。結果的に支援の裾野が広がり、子供たちに届く金額も多くなる。
私の始めた運動は小さいかもしれないが、こういう運動がいくつか重なることは悪いことではない。ただ、他の団体との統廃合といったことは現状考えていない。
――基金の形態は?
現在は任意団体だが、いずれNPOにする。それなりの資格が必要となるが、徐々にやっていく。
初めてこのような運動を行ってみて、企業から寄付を募ることが大変だと分かった。最大の理由は、(こども未来基金が)任意団体で寄付控除がない点だ。
企業の人と話して分かったのだが、1つは株主に対して、寄付控除がある団体の方が説明しやすいという点がある。寄付控除を受けることができるのは、認定NPO、特定公益増進法人、通称・特増といわれるシステム、もう1つ特定公益信託で寄付控除が受けられる。ただし、いずれも認可までのハードルが高い。
換言すれば、ハードルが高いところだから信用できるということなのだが、米国で計7年暮らした経験に照らすと、米国の寄付の仕方、NPOの仕組みはもっとずっと楽だ。もう少し米国流になっても良いかもしれないと感じた。
寄付控除の他に、郵便物の経費が割高になってしまうことに頭を悩ませている。寄付税制の件とともに、米国のようにシンプルにいかないことを自分で運動を行ってみて痛感した。
現在、寄付税制の資格を持った団体と、一部の業務をジョイントできないか模索している。子供たちを支援する、子供たちに渡る金額が増えればいいという目的が合致できればよい。
●お金が集まってくると怖い
――被災地の学校への呼びかけは?
今年6月1日から、各学校長に案内を出し、親御さんを亡くしたという申請があれば、支給対象となる子供を選定していく予定だ。月額2万円で、送金手数料を節約するため3カ月に1回の振り込みとなる。1年間に24万円、5年間で120万円を送る予定だ。
現段階(5月18日)では700万円が集まった(筆者注=本稿執筆段階)。まだ6人分だ。できれば6000万円で50人に支援を行いたい。7月には10人分、1200万円まではもっていきたいと考えている。
近いうちに申請用の書式を作り、募集を始める。募金額が大きくなれば、各県の教育委員会にパンフレットを送り、各学校に知らせていただこうと思っている。基本的に、子供たちが支援を受ける側なので、障害は少ないのではないかと考えている。
ただ、子供たちのプライバシーをどのように守るかという点は、厳密にしていこうと思う。いざ支援実行となった際、相手の反応も知りたいので、子供を匿名にした上で、作文などをWebサイト上に掲示するような仕組みを作り、そこで相互交流が図れるようにしたい。
――事務の手間は?
今のところ、資金を募っているだけなので、手間はかかっていない。分配の段階となったときは、主に東北の教育関係者らを集めて選定委員会を開く。
自分でやってみて、お金が集まってくると怖いと感じる。どうやって自分自身を担保するか、(透明性を)保証するかという点がある。組織の中、外部に対して、透明性を確保するのが難しいということが分かった。市民運動をしている友人に尋ねたら、不正が発覚して失う社会的評価が現在の評価を上回る場合、人は不正に走らないそうだ。
今は石巻市の税理士事務所に依頼し、銀行口座の残高証明に基づいて、毎月収支報告署と貸借対照表を出し、監査してもらっている。年1回ではなく、月1回の監査という事例を“保証”にしようと思っている。
現在、こども未来基金は仙台の人権NPOワールドオープンハートに事務局を置き、代表者の方に通帳を預け、印鑑は私が保有し、別々に管理している。残高が記載された通帳を見たら、緊張して胃が痛くなった。お金に縁のない世界に過ごしてきたことを実感した。
私自身、今までNPOの取材を行ってきたし、支援もしてきたが、実際にやってみると中々大変だなというのが率直な感想だ。
●インタビューを終えて
当コラムで何度か触れてきたが、石巻市を舞台にした拙著の取材を通じ、筆者は高成田氏と知り合った。経済記者として同氏は雲の上の存在であり、かつ、朝日の社説を書いていた人と気楽に話ができる機会など1回もないと考えていた。
実際に会ってみると高成田氏は非常に気さくな人物であり、『ニュースステーション』出演時にお馴染みだった笑顔を絶やさない方だった。だが、今回の震災を経て何度か面会するたび、同氏の目付きが格段に厳しくなる機会が増えた。被災者が置かれた苛烈な状況、あるいは行政の対応の遅れに話が進むと、特に目付きが厳しくなる。眼差しは現役の新聞記者そのものだ。
筆者は通信社記者を経て、現在は作家とフリーのジャーナリストという二足の草鞋(わらじ)で活動している。何度か被災地に入り、大手メディアが報じない細かな事柄を伝えてきた。だが、あくまでも伝えただけなのだ。言い換えれば、被災者にとってみれば他人事の領域を出ていない。
しかし高成田氏は基金設立という一歩を踏み出した。ジャーナリストという枠を飛び出し、当事者になったのだ。
記者という稼業は、取材して記事を書くことしかできない。一般のビジネスパーソンならば当たり前に持ち合わせている経理や法務の知識はほとんどない。しかし、高成田氏はあえて当事者になった。筆者は今後も同基金と同氏の活動を追っていく。(相場英雄)
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